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生物学を含め、色々と語っていきます。

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さてさて、予告したものは書かにゃ。
色々述べる前に、「議論というものの鉄則」を主張する。


意地でも得意分野に持って行く!


・・・・・・・失礼。


*********************************


何故歴史を学ぶのか。


まず、「歴史」というものが絡まない分野とはそうそう無いものである事を確認しておこう。

やや広義になるきらいはあるが、私のやっている生物学だって歴史とは無縁ではない。


どうして、今の生物はこのような機構を持っているのだろう?
それを知るためには生物の進化、即ち歴史を考える必要がある。

どうして、このような理論が提唱されているのだろう?このような研究が行われているのだろう?
それを知るためには科学界の変遷、即ち歴史を考える必要がある。


というわけで。
学校でやる、いわゆる「歴史」、「○○年に××が△△した」というようなものも、
言ってしまえば言語のトレーニングと同じようなものだと私は考える。

これほどまでに、歴史について考える事が、学問の一要素として重要なものである事を考えると、
学校で、過去の事件から何を読み取り、考えるかについてトレーニングしておく事も必要なのでは。
(ここで私は「学問」に話を絞ったが、学問に限った事でもなかろう。
学問の世界では歴史の影響が強いであろう事は疑いないが)


大雑把になったが、以上が私の「歴史を学ぶ理由」である。



最近は「歴史」と、系統だって学習する機会は無きに等しくなったな。
ま、一門外人の戯言と思ってくれれば。
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興味深く読ませていただきました。ありがとう。

>これほどまでに、歴史について考える事が、
>学問の一要素として重要なものである事を考えると、
>学校で、過去の事件から何を読み取り、
>考えるかについてトレーニングしておく事も必要なのでは。

ここが肝だと読んだけれどOK? つまり、「先行研究的な歴史」を上手に扱うために「学校でやる日本史や世界史的な歴史」の学習が必要、というようなことなのかな。

とすると、「>言語のトレーニングと同じようなもの」の部分は、「日本で生きてくためには日本語を知らなきゃ」=「生物学やるには生物学の歴史やらなきゃ」と近い、っていう感じなんだろうか? その世界でコミュニケートするための言語を知る、というか。

読み違えてたら訂正よろm(_ _)m
奏(Ag) URL 2007/08/22(Wed)23:28:57 編集
礼には及びませぬ
えぇ、そんな感じの読みでOKです。

今回はあえて、理系の思考回路に絞って書いてみましたが、如何だったでしょうか。
ペパーミントクッキー@管理人 2007/08/23(Thu)00:04:41 編集
なるほど
なんだろう、こう、一読したときは「今まで考えてたのと全然違うなー」って思ったんだけど、今よくよく考えたら、その考え方は私が考えてることと近いのかもしれない。

ただ、根本は近いんだけど、むしろ表面的な部分がだいぶ違う印象があります。先の私のように「先行研究的な歴史」を上手に扱うために「学校でやる日本史や世界史的な歴史」の学習が必要」と要約してしまうと、ね。この(私の雑な)要約だと中高生の説得は難しそうですし。どちらかというと「コミュニケートするための言語の学び方」寄りの方でうまく伝えられるといいのかなーと。

近い部分をうまく外に出そうと思ったら、固有名詞の暗記優先的な歴史教科教育ではなくて、もっと概説的な、でも転換や変化のポイントはしっかり押さえられた歴史が学校で学ばれるべきかもしれない。やっぱり中高生が納得いかないのは「細かすぎる」とか「こんな固有名詞覚えてても将来役に立たないじゃん」とかが多いだろうから。(私は固有名詞暗記にもそれなりに意味があると思っているけれどそれはまた別の機会に)

と現時点での雑感だけれど書いておきます。あ、私のところで「関連記事書いていただきましたー」って記事書いてリンク貼ろうかと思ったけどどうでしょう。
奏(Ag) URL 2007/08/23(Thu)08:54:55 編集
歴史は好きだが、社会科は好きになれなかった
んー。

昔から比較的理系な頭の構造してる人間からみた、中学高校の「歴史」…まぁ、それを包括する、「社会科」っていう教科が、どうしても好きになれなかった。

一生懸命その道で頑張ってる人たちには非常に失礼な物言いになってしまうので恐縮なのだけれどね、記号の丸暗記に、なんの価値や発展性があるのだろう、と本気で分からなかった。
生物や化学の暗記は、私には意味があった。
例えばそれは、高速で実験内容を理解するのに役立ったり、実験計画を練るのにしばしば必要不可欠だったりした。

でも、社会科は?

悲しいかな、私は、社会の知識を生かして、人生を楽しむ術を、知らなかった。

千歳の言うように、生物にだって「生物史」ってのがあって、「生物学」なんて学問で古生代や中生代の生き物は、どんなふうに生きていたのだろう、なんていうことを一生懸命やってる人たちがいる。
化学にも、「化学史」なんてのがあって、何年にだれそれが何を発見しただの、こういう実験をしただの、何が分かっただの、そういう歴史を学ぶ分野はある。
でも、それは、私には意味があったんだ。
研究ってのは、誰もやってないことをやらなきゃ意味が無いんだ。
だから、そのためには、「誰もやってないこと」を知らなきゃいけない。
そのためには、歴史を紐解く必要があった。

でも、社会科の歴史ってのは、そうじゃない。

『歴史ってのは、人間の痕跡を後の人間が理屈を捏ね回して意味づけする学問だ』

それに、人間嫌いの私は意義を見出せなかった。

今日の世界情勢や人間の社会を築く礎となっているのは、間違いなく有史以来の人間たちの、血と屍と、戦場と腐臭の系譜である。

温故知新、という故事成語が有る。

私は、この言葉は、虚偽と欺瞞に満ちているように思えてならない。
人間は、結局、歴史をみて学ぶことをしないから。
違うな、そうじゃない。

人間は、歴史から、絶望と憎しみしか学ばないから。

どうか、子どもらには、楽しい歴史を。
それは、明るい面だけを教える、という意味ではない。
なぜ、歴史が、怨嗟と怨念に満ちているのか、それを、どうやって日々に生かし、同じ地上に生きる霊長として、悔い改めてゆかねばならないのかを、次世代の子どもらに、教えてあげて欲しい。

物書きなどを細々とやっている、しがない科学屋は、こんなことを考えたりするわけです。

榊 浩一 URL 2007/08/23(Thu)14:55:47 編集
榊氏が社会科嫌いとは知らなかった
>榊氏

>研究ってのは、誰もやってないことをやらなきゃ意味が無いんだ。
>だから、そのためには、「誰もやってないこと」を知らなきゃいけない。
>そのためには、歴史を紐解く必要があった。

なるほど、そういう文脈もあるのかー。

>『歴史ってのは、人間の痕跡を後の人間が理屈を捏ね回して意味づけする学問だ』

それは割と思う。たまに本気で虚しくなって全てに萎える(笑)。
ただその意味づけに意味があるかなぁと模索しているよ。

「人間は歴史から絶望と憎しみしか学ばない」というのはなかなか過激だねぇ(^^;
奏(Ag) URL 2007/08/23(Thu)15:33:17 編集
政治と歴史
結局ね、政治屋ってのは、票を集めるのが商売なんですよ。

で、票ってのは、どんなに立派なことを言ったって、集まらないんですよ。

票ってのはね、敵をバッシングすることで集まるんですよ。


権力集中型の政治は、権力機構に不満を抱かせては成立しない。
だから、内部に敵を設定することが出来ない。

だから、外部に敵を設定する必要がある。

歴史ってのは、常にその道具に使われてきたんだよ。

だから、大人たちは子どもたちに、歴史から絶望と憎しみを学ばせるんだ。


これはいつか教育論でも語ったけども。

ヒトは、群れを維持するために、外敵を必要とするんだ。

ヒトは、愛ではなく、憎しみで結束できる動物だから。

全てのヒトが、愛で結束できればいいね。

それは、子どもじみた発想で、妄想じみた願いだけれども。

とてもとても困難だと、大人な部分の僕は言うけれど。

科学を志し、心理学を学び、教育学を修めようとしている私は、せめて子どもらの心だけは健やかに、平穏に、と願ってやまないわけです。
榊 浩一 URL 2007/08/23(Thu)22:29:00 編集
段々過激に、でも本音トークに
お二方、盛り上がってますねぇ。

リンクなどはご自由にどうぞ。ブログに貼った時点でどんな方にでも読まれる事を覚悟していますので。断る必要もNothing。個人的にはむしろ、引用とかの方が恐ろしいな~とは思いつつ。全文引っ張ってくれるならこちらも楽なのです。

で。

>奏氏
表面的な違い、仰ってますけど、これは立場の違いに起因するところが大きい。今回はあくまで、「理系屋」の視点から(だけで)ものを書きましたので。
表面的な立場をどれだけ違えようとも、根本の部分では意見が収束してくる点は興味深いと思いました。今回は「歴史を学ぶ意義」でしたけど、「生物を学ぶ意義」で書いてみたらどうなるのでしょうか?気になるところですね。

>中高生の説得
なるほど、それが今のテーマである訳ですか。
はっきり言って、元記事では、そういうことは全く考えていませんでした。
今の私の考え方も、色々な人から影響を受けまくっているのは明白です。ですが、↑のような考えを持っていると、自覚に至ったのはつい最近。それまでは、これらの意見を受け取っていたとしても「ナニソレ?」でした^^;

>榊氏
理系屋が何を研究し、作り出すかも、もしくは作り出したものがどう使われるかも、社会情勢とは無縁ではありません。気に入らない使い方をする奴は、政治的に吹っ飛ばす気合も必要かと思っています(本気)

社会科は大事ですよ~
ペパーミントクッキー@管理人 2007/08/24(Fri)00:00:19 編集
高校教育のベクトルだと
>ペパーミントクッキー
おおう、そうか、私の元記事では教職課程授業の話だったので、「高校生は地理歴史科で何を学ぶのか、なぜ地理歴史科を学ぶのか」が私の頭の中にありました。

で、そうそう、「説得」という言葉を使ったのは安易でした。申し訳ない。大学のその授業の先生が【「何を学ぶのか、なぜ学ぶのか」、教師にポリシーがないと高校生に授業なんぞする資格はないっ】的なことを言っていたので、それが頭にあった。別に説得はしなくてもいいかもです。要は、そのポリシーがないと生徒(特に大学受験しない生徒)のモチベーションなんて上げられんよ~、というのが大学の授業の骨だったというか。

>「生物を学ぶ意義」
上述の内容と同じベクトルでいくと、結構どの教科でも難しいねぇ。理系科目って歴史より難しそうな印象が…。…というか貴女のその振りはこのド文系な私への無茶振りですか(笑)。考えてみるのは面白そうです。

>榊氏
大人たちは子どもたちに、歴史から憎しみを学ばせる…かー。ただ、そうだとしても、今の教える側も教えられる側も、そういう自覚は薄いよね?

榊氏の最初のコメントの「どうか、子どもらには、~」以下の部分を読み返しました。榊氏の選ぶWordsはネガティブめかつ強いのですよぉ…(^^;でも、たぶん大筋では賛成できる気がします。私は温故知新、好きだけれど。
奏(Ag) URL 2007/08/24(Fri)10:44:42 編集
「高校レベル」が、いかに扱いにくいものであるかを知る
むか~しむかし、言われたでしょう。「危ないから遠くへ行ってはダメよ」
これだって立派な勉強ですよね。

世の中には悪いオトナがたくさんいる。そんな社会の中で生きて行くためにも、サバイバル技術は必要。

義務教育に関しては、この要素が強いかな、と思っています。

勉強には「誰もが身に付けておくべき事」と「専門家さえ知っていれば良いような事」の2種類有って。
高校レベルは丁度その過渡期に当たるので難しいかな、という印象があります。「別にさぁ、将来は歴史家になるつもりは全く無いけど、社会で単位を取らなきゃいけないし、日本史でも選択してみたわ」という生徒。扱いに困りそうで(苦笑)。説得となると難しそうですね。「教える側のポリシー」だけなら、ハードルも高くはありませんが。

>生物を学ぶ意義
何でもよろし。生物ではなくても。「自分が専門として選んだ学問」と「専門ではないが、一応やってみた学問」を対比してみると面白いかな~と。

>大人たちは子どもたちに、歴史から切望と憎しみを学ばせるんだ。
中韓辺りではそれを意識しているような。その辺素人なので、詳しい方補足プリーズ。
日本だって、教育現場はいざ知らず、マスコミは何考えているか判ったものではないですね。(切望=絶望の誤植と読みましたが、OK?)

生命科学は恐ろしいのですよ。
望まれる生命観に真っ向から喧嘩を売らないといけないときもありますので。
ペパーミントクッキー@管理人 2007/08/24(Fri)20:54:26 編集
誤字
修正しましたとさ。ごめんなさい。
教えてくれてありがとう。


今日は教育法方・技術の講義で、デューイの主張する児童中心主義の教育論とブルーナーの学問中心主義で大論争。

いやー、論争って大好きです。

結果から言うと、ブルーナー派の私の一人勝ち(ぁ

そこら辺の青い餓鬼どもには、まだまだオジサンは負けません(何


私は、私の哲学を持ち、それに基づいて価値観を定め、物事を判断し、自分の世界を構築する。

そのなかで、私から見た『歴史』というモノは、もっと筆舌に尽くし難いような、おぞましい物のように思えて仕方が無いのだよ。

「もし、霊魂なんていうものが本当に存在して、死した者共の魂が、いまだ在世するようなことがあるならば、この世はとっくに、彷徨える者で埋め尽くされているのでしょうね。」

ヒトが生きるということは、無数の命を礎にして立つということ。

歴史って言うものの構成が、どうしても、『結果としての戦争』ではなく、『戦争のための諸事』を書き連ねているように思えてならない。

「次の、そのまた次の戦争のために。」


今日は疲れたので、もう休む。
いまバイト帰りなのね。
明日も朝から講義なのね。

だから、お休み。
また明日、続きを書くかも。書かないかも。
榊 浩一 URL 2007/08/25(Sat)01:28:21 編集
お疲れ様です
教育論ですか。私は教職課程を放棄しており・・・・・。
学問中心主義=詰め込み、児童中心主義=ゆとり、と「それは無茶では?」と思うようなまとめをするサイトばかりで、はっきり言って訳分かりません。軽くまとめて下さるとありがたいです。

それにしても、論争好きは変わってませんね。

「戦争」に関しては、話題が変わってきたのと、長くなってきた事もあり、改めて記事を書きましょうか。
(これが自分の首を絞める原因なのですけどね^^;)
時間は掛かるかもですが、どうぞ気長によろしくお願いします。
ペパーミントクッキー@管理人 2007/08/25(Sat)02:28:02 編集
むだい
>ペパーミントクッキー

>高校レベルは丁度その過渡期に当たるので難しいかな、という印象があります。
確かに。さらに、「進学校」となると難しいのです。大学受験との兼ね合いがあって、一つのテーマを多角的に時間をかけてやる余裕がないので。

>「自分が専門として選んだ学問」と「専門ではないが、一応やってみた学問」を対比してみると面白いかな~と。
同意。そのへん、今度色々書いてみます。

>榊氏

>歴史って言うものの構成が、どうしても、『結果としての戦争』ではなく、『戦争のための諸事』を書き連ねているように思えてならない。
そのあたりは私も興味深いところ。

>ブルーナー派の私の一人勝ち(ぁ
思わずデューイ派に同情…げふん。いや、お疲れ様でした。ちなみに私は議論にはめっぽう弱いです。鍛えにゃ。キケロの『弁論家について』読んでます。面白いよ。

…話が逸れました。申し訳ないm(_ _)m色々刺激的なお話をありがとうございました。新鮮だった。頭の中を整理したらまた参ります。「歴史はおぞましいもの」に対抗できないか(対抗する気があるかも含めて)再考してみたい。お二人とも、そのときは再びよろしくですー。
奏(Ag) URL 2007/08/25(Sat)15:22:47 編集
まとめ
まー、およそ合ってるんだが、そのまとめで。

デューイ先生は、子どもたちに、日常の経験を通して、社会の中での生き方や、学びに向かう姿勢、考え方、問題や課題に、如何にして立ち向かっていけば良いのか、ということ、すなわち「生きる力」を育ませることが、教育の本懐であると説いた。これを、児童中心型教育、または経験主義教育という。

ブルーナー先生は、知識ってのは、その根本の芯の部分ってのは、どんな相手でも(たとえ小さい子供でも)キチンと説明すれば理解できる物だと考え、それさえ理解させれば、あとは段階的に、より高度な知識を早期に身に付けていくことが可能であり、それにより最終的に十分な知識を身に付けた人間を育てられると説いた。イメージは樹の年輪。だから、できるだけ早期に、多くの基本的な知識を身に付けされることが、子どもたちの発達に繋がると考えたわけだ。
人類が事物を明らかにしてきた過程にそって、科学的学問の構造を学習すること、そして、その内容を繰り返し反復して習得することが、系統的学習であるべきだ、と。
これを、学問中心主義、または、本質主義という。

んー、こうして眺めてみると、やっぱりブルーナー先生の論は乱暴でいい。私好み(ぁ
榊 浩一 URL 2007/08/26(Sun)12:23:35 編集
無題
参加したかったなー、ちくしょっ
ちあき 2007/08/26(Sun)18:06:30 編集
Thank you!
>奏さん
議論弱い?意外でした。
確かに君の周りには反則的強さを誇る人や反則的執念を誇る人が集まるきらいが。

>浩一さん
好みの問題ですか^^;
「生きる力」って何でしょうね。感覚的には分かりますけれど。
これを具体的に説明出来ない所に、デューイの論の弱さがあるのかな。

>ちあきねぇさん
終わったとはまだ誰も言っていない。
ペパーミントクッキー@管理人 2007/08/26(Sun)19:26:12 編集
無題
私が社会人になってから考える、学校で歴史を教える理由


・自分の現在を正当化するため(知識は人の行動を抑制する←あなたたちは過去と比べて平和な世界に住んでいるのだよと。

・許さないことを規定することによって長く人でいるため←下に繋がるけど、まあ端折れば危険思想の排除

・人間の可能性に境界線を引くため(よくもわるくも)←悪くはどこまで残酷になれるかという可能性、良くは人間の良心や社会を動かす行動限界

・エンターテイメント

・年寄りをありがたがらせるため←年金!


という感じになりました。見方偏ってるけど。歴史、いいんだけどさ、どう思っても質問とか感想いえないとこあんじゃんね。下手な質問すると危険に見られそうで。ほかの科目よりそれが強い。政治に直結するからなんだけど。ガチ文系の視点からだと単純に人が虐げられてきた理由と虐げてきたほうの言い訳しか教科書から読み取れなかった。必要悪としての差別を肯定しているようにもみえるし。(もしかして歴史の授業って他教科からの必要悪なのかしら)
なにかの学習をスムーズにするため、というのは正常だよね。そういうときには主義思想も把握してなきゃいけないわけだよね。順番も正しい。
学校で歴史やるなら、逃げちゃ駄目なところがあるはずで、それってたぶん「どういう思想や主義、過去の積み重ねで人が過ちを犯したか」の、思想主義の部分なんだけど、事実だけを黒板に列挙して暗記させるなら意味ないし、思想教育と勘違いして怖気づいてちゃ進学校の意味がないと思う。倫理って歴史の本質とすごい近い科目だと思うのになあ。(倫理って名前もおかしいよね)
なぜか学生やめてからのほうが自主的に勉強してる自分がいて、教育ってなんなんって思う。高校教師が社会人経験ないのはかなり致命的。やつら打たれ弱いし。

なんかまとまらなすぎるのと上のやりとりがハイレベルすぎて申し訳なくなってきた。読み流してください。あ、だんだんへこんできた。
ちあき 2007/08/28(Tue)01:54:46 編集
自分のブログでもまとめてみたい
>ちあきさん

>どう思っても質問とか感想いえないとこあんじゃんね。
>下手な質問すると危険に見られそうで。ほかの科目よりそれが強い。
日本は特にそうですね。その点、アメリカの歴史教育は、生徒が主体的に歴史にコミットメントしていくことを目標にしているようです。実践できているのかどうかはわかりませんが、少なくともナショナルスタンダードの中では。日本ではそれが知らず知らずのうちに封じられるような教科書や試験の形になっている…というのが、大学の授業のディスカッションで出てきた課題でした。

>単純に人が虐げられてきた理由と虐げてきたほうの言い訳しか教科書から読み取れなかった。
>必要悪としての差別を肯定しているようにもみえるし。
なるほど、そういうふうに見るとそうですね。榊氏も「戦争に向かう歴史」というようなことに触れていましたが、私はそのへん妙に鈍いところがあって、「言い訳」とか「差別を肯定」とは感じなくて、非常に単純に「あー、そういうメカニズムだったのかぁ」と思って終わってしまうんです。その妙な鈍さが自分の良いところでもあり一歩足りないところでもあるのかなぁと思っているのですが(^^;
奏(Ag) URL 2007/08/28(Tue)19:19:15 編集
コメントだけでも
骨のある議論になりましたね。本記事書く暇が無い^^;

学ぶ意義。そういうことを考えられるようになったのも、「進学」や「受験」から離れた余裕なのか、単に年を取っただけなのか(失礼、大人になったからなのか)・・・・・・。
何のために勉強するのか、それが疑問として浮上して来ない事は幸せだな、と最近感じています。

「思想と教育」
どちらかと言うと、質問とか感想とか出る事自体を危険と見なしているような印象があります。個人的には。考えるな、と言いたいのか。
外国の教科書など見た事も無いので比較は出来ませんが、日本の教科書は逃げを打っているとしか思えません。この点に関してはもう少し現場を信用してあげても良いのに、と思います。

さて、今晩は寝ます。色々考えている事も有るので、もう一つ別記事を立てたいが・・・・・。
ペパーミントクッキー@管理人 2007/08/29(Wed)02:31:28 編集
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